唖然・・・凄かった、義経千本桜

 幼少期に決定的に刷り込まれ、嫌悪感しか抱いた事の無かった、この国の芸能。

 父の生業であった長唄を始め、歌舞伎、文楽、様々な分野を、嫌な物として避けてきた、52歳となる自分が、早朝のテレビなどで、たまたま放送が目に留まれば、見入ってしまう。

 折りしも今早朝、5時台の、教育TV、日本の伝統芸能竹本住大夫文楽入門というのを、見ていた。「時代物の名作“義経千本桜”」を、扱っての物語、見所、設定などを、判りやすく、案内する、と言う趣旨の番組である。

 平家の?落ち武者が、幼い天皇と乳母を、自分の女房と子供と言う事にしてかくまい、海辺の土地で船宿をしながら、復讐の時期が、熟すのを待っている。とそこに宿敵、源氏の義経が迫り、戦いの果てに、追い詰められ、義経天皇の命を預けて、瀕死の自分は、船の錨を担いで、入水を遂げる・・・。

 知らない事は、誠に、自分の暮らしにとって、いかばかりの損失であったかと、後悔してしまうほどに、設定からして面白い。その村で、地元の子供たちと遊んだであろう、幼い天皇は、仕草や口の利き方一つにも高貴さを滲ませ、違和感を周囲に抱かせたであろうし、薄々、彼等の状況を察した、友好的な村人による、助力も得たかも知れない。また、その逆に、彼等を売って、その存在を源氏方に密告した者も有ったかも・・・だよなあ。

 そればかりか、運命共同体と言うべき、その落人と、乳母の間に恋愛感情は芽生えなかったであろうか・・・、いや、これは、アイススケート、ペア競技の、カップルに何の関係も無いと主張するほどに無理があろう。(何言ってんだか・・・)

 いや、そんな事より、実直を絵にしたような、若いNHKのアナウンサーが、解説の文楽太夫竹本住大夫さんに聴く、「この段の見所は?」という問いに対して、柔らかな関西弁で「本当にここはエエんですわ」「なんともよくでけたトコロで・・・」「ワタシは、ここが本当に好きですねん」等と、夢を見るように目を細め、その場面を味わい、また、反芻するように魅力を語る住大夫さんに強く打たれた。

 自分の関わる芸能、芸術に対する、こんなにも純粋な愛を隠さずに披瀝する演者が居るのだろうか。

 「自分が演じさせていただく喜び」「この、本当に良く拵えられた、正に名場面を、見ている方々が良いと感じなかったら、それは私の責任」と、おっしゃる。

 ろくに知りもせず、知ろうともせず、嫌悪感だけを抱きつづけた自分の50年ほどの時間を、恥ずかしく思う。

 入水し、海に頭から飲まれていく様、その表現に勧進帳の、六方を踏み、罪悪感と達成感渦巻く自身の感情を、込め、義経一行を追う、弁慶の名場面ほどに、素晴らしい表現、印象的な演出である、と感じた。