ユッケは梨と

 子供の頃、焼肉と言えば、父に連れられ行った店で、食べたロース(ロースト:焼肉用が、なまった物だそうだ…なんて大雑把な…)だけ。知識も無く、キムチと言えば、きゅうりのオイキムチを、子供用と言うだけでなく、両親も、唐辛子等で、漬け込んだ汁を洗い流して出してもらっていた。

 高校時代に、級友と焼肉の話をして、「カルビやクッパが美味い」と言う話が、まるでわからなかった。

 インターナショナルスクールに通っていた、従兄弟達の学校で、カーニバルと言うのが毎年あり、各国の珍しい品を集めた、バザーあり、出店あり、生徒達の多くは、芸能人の父や母を持っていて、彼等の歌や司会も無料で楽しめ、それは、華やかで、豪華な物と映った。

 その中の出店に、従兄弟の級友の母である、韓国人の小母さんが作る焼肉やが出ていて、辛味も程よく、「なんて美味しいのだろう」と、父に連れられていく、銀座の名店の味と較べ、不思議に思っていた。

 小母さんと顔なじみとなり、経営していらっしゃった、品川の駅の裏手、焼肉やが何軒かまとまってある界隈のお店に、父と行った。父にカルビとか、クッパってのが美味いらしい、とは、伝えていたので、教えを請いつつ、聴いた事の無いメニューを、注文していった。

 その中の一品が、ユッケであった。

 初めての生肉。勿論、魚介類の生は、おすしで食べて知っていたから、生の牛肉、と言う事。

 こんもりと盛られた、味付きの肉の上に、卵の黄身。梨の千切りが添えられて、一緒に食べるのだと教えてもらった。

 その味わいに、あまりの美味さに、一口目から陶然となった瞬間を、思い出すことができる。「梨は毒消しだから、一緒に食べないとダメよ」「梨の無い季節は?」「食べない事だね」この事は、忘れた訳ではなかったが、その後、他の店で食べたユッケに、梨の千切りが添えられていた事はなかった。一度だけ、梨より安価な、リンゴがそこにとって代わって、添えられていた事はあったが、その小母さんの店で供されたユッケの味を超える物に出会ったためしは無い。

 今回の死者を出すほどの食中毒事件、報道番組で、取材された、韓国の「ユッケ通り」と言う場所で、軒を連ねる、屋台のユッケ屋。

 「今まで、一件だって食中毒なんて無いわよ。日本じゃどうやって出してんのかしら」と首をかしげる屋台の小母さん。盛り付けられる生肉の下敷きになってるのは、とんかつに添えられる、大量のキャベツほどの梨の千切りであった。